外見だけで「不審者」扱いされる例が増加している


(イメージ)

公園のベンチに座っただけで通報されたのは外見が悪いからか

ネットで「公園のベンチに座っただけで通報されたおじさん」が話題になっています。

「公園のベンチに座っただけで通報」の是非、ネットで議論 声優・落合福嗣も「長女と公園で遊んでた時に職質された」
キャリコネニュースが6月5日に掲載した記事「公園のベンチに座っただけで通報されたおじさん 不審者扱いの理由は『普段は見ない人。スマホを使っているから盗撮かも』」が大きな反響を読んでいる。記事は、公園のベンチで休憩していた初老男性が、スマホを見ていただけで近くに

つまり、おじさんが公園のベンチに腰掛けてスマホをいじっていただけで、不審者と見なされ、警察に通報された訳です。

この話は特殊な例ではなく、私が見聞きした範囲でも増えています。

どうやらこうした話は「外見」が大きく影響しているのではないでしょうか。

恐らく、見た目が「優男」だったり、若い女性だったり、服装がスーツなどマトモそうに見える場合は恐らく「不審者」扱いされることはないだろうと思います。
私が聞いた範囲でも「職質を受けた」人は例外なく男性で日頃ラフな服装をしている人です。

通報されるだけならまだしも、警察署に連行された例もあります。

工事業者の男性が仕事で使う工具を車に乗せていただけで犯罪者と決めつけられ、警察署に連行されたことがありました。

工事業者の男性「工具もってただけで警察に連行され、取り調べ受けた」国賠提訴(弁護士ドットコム) - Yahoo!ニュース
警視庁中野署の警察官から、違法な取り調べ・身体拘束をされて、精神的な苦痛を受けた - Yahoo!ニュース(弁護士ドットコム)

職務質問だけでなく、翌朝まで拘束され、乱暴されたのだから、かなり酷い事例じゃないかと思います。

さらに、最近は工事業者で職質に会うケースが増えているとのことです。

人気Youtuberの「気まぐれクック」によれば、「ちゃんとしたケースに入っていて、用途がしっかりしていれば問題はない」そうです。

【世界初?】ハンマーヘッドシャークで船盛り作ってみた!

「気まぐれクック」は、様々な魚をさばく動画が好評です。Youtuberの人気を図る目安として「チャンネル登録者数」があります。現時点で200万人を超えているので、「かなり人気がある」と言っても過言ではないでしょう。

数ある動画の中で「市場に行って魚をさばく」シリーズがあります。視聴者より「銃刀法違反になるのでは?」との問いがあり、これに答えたものが上で紹介した動画です。

このことについて、先の工事業者と「気まぐれクック」を分けたのは、「外見」の要素と「人気があるかどうか」の要素があるのではないかと勘ぐっています。

「キモくて金のないおっさん」は職質に会うリスクが高い?

「キモくて金のないおっさん」が少し前に話題になりました。「キモくて金のないおっさん」とは、男性で外見が劣り、貧しく、若くない人々です。
見た目が悪いので、たとえ生活が厳しくても温かい目で見られることは少ないです。だから、社会の中で最も抑圧されているのでは、との声があります。

例えば「子どもの貧困」は非常にわかりやすいです。「子どもが可哀想」とのことで「絵になる」ため、マスメディアでも扱いやすいです。
しかし、「キモくて金のないおっさん」だったら、絵にならないので、メディアに載ることはまずありません。

外見が悪いので「不気味」「怖い」と感じられることがあり、今の風潮では「不審者」とされることも多いでしょう。
私自身も公園でベンチに腰掛け酒を飲んでいる年配の男性に怒鳴られ、「怖い」と感じたこともあります。

貧困問題に関心があり、当事者をサポートしようとしても、問題のある人に裏切られることも少なくありません。

しかし、このことを安易に個人の「自己責任」と考えるのは違います。その背景には様々な問題が絡んでいます。第一に精神疾患や発達障害が背景にある場合があるでしょう。第二に文化資本の問題があります。文化資本とは、社会的地位を背景とした文化的な素地のことです。例えば、図書館に行くことは「本を読む」教養がなかったら難しく、教養のない人にとって、あまりお金のかからない娯楽として第一選択がパチンコや競馬になるでしょう。

もともと粗暴で人付き合いが苦手という人はいます。一昔前だったら寡黙な職人で趣味は酒かギャンブルみたいなキャラクターはどこにでもいました。しかし、今では社会に居場所が無い状態です。

「ジェントリフィケーション」との関係

ジェントリフィケーションとは、再開発などの名目で街を美化しようとすることです。
言葉だけを見ると一見いいことのように思うかもしれません。

しかし、その裏では、家賃が高くなって今までの店が出て行かざるを得ないようになります。結果、オシャレな店や高級店ばかりみたいな状況になります。そして、美化の名目で「美しくない」とされる者が街から追い出されます。この標的になるのは、最初はホームレスです。そして、次第に「ガラが悪そうに見える若者」や「貧しい人」に移っていきます。

先に書いた「見た目の悪い人」を「不審者」とレッテルを貼るのはジェントリフィケーションの一環だと思われます。

東南アジアでは、街にそれこそ「キモくて金のないおっさん」がたむろして将棋みたいなゲームに興じている姿は普通に見られます。

しかし、今の日本ではこういった光景はなく、部屋にこもってテレビを見るか、パチンコや競馬に行くしか無いみたいな状況になっています。

貧困者ほどパチンコに行くみたいな論調を日頃リベラルな者でも行います。しかし、そこにしか居場所を見つけられない人がいることや、依存症にさせられている状況があることに目を向ける必要があるでしょう。

なお、私はパチンコを擁護するつもりはありません。あんなものは「ない」方がいいとさえ思っています。しかし、貧しい人ほどパチンコによく行く理由に「社会的な背景」があることを言いたいです。

「場づくり」が必要。しかし……

フェミスムでは「男性も男らしさから解放されるべき」との議論があります。
しかし、言葉だけで安易だと思います。

少し前に「だめ連」という集団がいたのはご存知でしょうか。
「だめでいいじゃないか」との合言葉で交流会を盛んに開きました。

書籍「だめ連宣言」

書籍「だめ連の働かないで生きるには」

先に紹介した高円寺の路上交流会は「だめ連」の後継グループがやっています。

6月8日に高円寺で路上交流会が行われる
高円寺でオープンマイクと路上交流会が行われた 6月8日(土)の夕方から高円寺で「声をあげよう 現代社会に喰い込むスタンディング!」と題した集会と路上交流会が行われたので参加しました。主催は「カミイカ企画」です。 呼びかけ文を...

とは言っても、今の日本に路上に集まる文化が知られていないので、集まる人は限られています。
実は、こういうところに集まるのは、ある程度教養のある人ではないかと思います。

東京で活動している貧困者のサポート団体「もやい」でも毎週土曜日に低価格で交流できるサロンを行なっています。

これもとても有意義な場所で、サロンがあるから生きがいを見つけている人がいます。
しかし、繋がりや情報がなかったら行くことさえできないし、精神的に病んでいる人だったら、こういう場所さえ拒否することになりかねないです。

このことの背景の一つとして現代は新自由主義の競争社会が人びとの価値観にまで染み渡り、孤立化が進んでいることがあるように思います。

コメント

タイトルとURLをコピーしました