6月8日に高円寺で路上交流会が行われる

高円寺でオープンマイクと路上交流会が行われた

6月8日(土)の夕方から高円寺で「声をあげよう 現代社会に喰い込むスタンディング!」と題した集会と路上交流会が行われたので参加しました。主催は「カミイカ企画」です。

路上交流会・高円寺

呼びかけ文を紹介します。

声をあげよう 現代社会に喰い込むスタンディング!

なにかと窮屈で息苦しい現代社会。のびのび熱く生きていくためにささやかながらも声をあげてみよう。そんなイベント、どうでしょう。
ジャーン!その名も、「現代社会に喰い込むスタンディング!」。

日ごろ日常で思ってること、不満なんかを紙に書いて街かどで立ってみる、気が乗じたら声にだして街の人々に話しかけてみる。
ささいなことでもいい。たとえば、「世の中、広告がおおすぎるんじゃないか?」とか「チェーン店ばかりでつまらない」とか
「こんなパワハラやいじめにあってイヤだった」とか「労働と消費ばかりじゃつまらない」とか「仕事中に自分を殺しすぎなのはおかしい」とか「競争社会はもうたくさんだ」などなどなんでも。
イヤなことばかりじゃなくて、面白かったことや日常のなかでなにか印象にのこったことでもオッケー。
うまくしゃべれなくてもいい。ポツリポツリとつっかえながらでも表現してみよう。
黙って閉じこもっていてもつまらない。自分の思ってることを声をだしてみたら自分も社会もなにかが変わるかも!?
面白そうかもと思った方、どうぞご参加ヨロシク。みんなで集まってひとつ楽しくやりましょう!!

まず、駅前で拡声器を使用したオープンマイクを行いました。

通常、集会でのオープンマイクと言えば次々と登壇者が出てきて演説を行うようなものが多いでしょう。

今回は、参加者に「ゴリゴリの活動家」といった雰囲気の人がいないこともあり、トークに近い感じです。内容も「女性だからとの理由でハイヒールが強制される」との話から「SNSの中毒性」を語るなどそれぞれが思い思いの内容を語っていました。

通行人のほとんどが無関心を決め込むのはいつものことです。しかし、今回は賛同の声を寄せてくれた方もいました。

そして、路上でのオープンマイクだけで終わらないのが、この集団の面白いところです。

場所を高円寺ロータリーの中にある広場に移してから、参加者でカンパを集め、近くのスーパーに買い出しに行き、路上交流会になりました。

新自由主義と人びとの孤立化

現代の社会は「新自由主義」と言われ、各個人が激しい競争に晒されています。競争の勝者になった者は豊かさを謳歌し、負けた者は生きることさえ厳しい状況に晒されています。

このような競争社会の中では、自分の周囲は競争するべき「敵」と見なしがちになります。そして、少し要領よく仕事ができるなどの違いにより優越感に浸ったりします。

しかし、競争というのは、椅子取りゲームと同様で多くの人は脱落するようになっています。だから、「いつ自分の立場が転落するのか」といった恐怖に晒される人も多いです。

こうした中で「孤独感」を強く感じる人が増え、中には心の病を持つ者も少なくありません。これでは決して「幸せな社会」とは言えないでしょう。

他者を「競争の敵」と見なすのではなく、仲間だと思うようにし、協力し合うようにならないでしょうか。
世の中には「共有」または「シェア」をキーワードとし、助け合える状況を作るように努めている人たちがいます。この高円寺で行われた路上交流会もそうした場所のひとつです。

競争社会に加え「課題の分離」ができない病理

この競争意識に加えて、他者と自分の課題を分離できない人が多いのが日本の問題であると思います。
例えば、路上で酒を飲むことが不快だと思うのは、不快だと思う人の課題であって、酒を飲んでいる人の課題では無いのです。

原則として、他者が自分のことをどう思うのかは他者次第であり、自分にはどうすることもできません。どうすることもできないのだから、そもそも気にしない方がいいのです。

各個人の課題を分けて考え、他者の課題に介入しないようにするのは、自由な社会の原則だと私は思います。

その上で、各人が「自分の課題」に向き合うようにすればいいのです。

これと同様に「他者の目」「他者の期待」を過剰なほど気にするのは問題です。なぜなら、これは、他者の「思い」の範囲で生きることになるため、「他人の人生を生きる」のと等しい行為と言って良いでしょう。

誰も「他人の期待を満たすため」に生きてはならないです。それぞれが自分の生き方ができるようになるのが理想的な状態と言えるのではないでしょうか。

渋谷の路上飲酒禁止とハロウィン騒動

渋谷では路上での飲酒を禁止する条例が作られようとしています。

この際に口実になったのは、渋谷ハロウィンでの騒動です。しかし、大多数の人は問題行動を起こしたわけではなく、悪ノリしているのはごく一部だったとの話があります。

そして、象徴的に語られる「暴徒によって軽トラックが横転させられる」ことも、どうやら運転手が煽っていたとの説があります。動画を見ても、35秒あたりで運転手が煽るようなサインを送っています。しかも、運転手も焦る風ではなく楽しんでいる雰囲気さえあります。

【4K】渋谷ハロウィン 2018/10/28 軽トラ事件の瞬間 Tokyo Shibuya Halloween

どうもこの一連の流れは、ハロウィンの騒動を拡大解釈することで「暴れる若者が怖い」みたいな雰囲気を作り出したい思惑があるように思います。そして、「これは取り締まりを強化しなければ」と言った意見があちこちから飛び交うようになるでしょう。

この結果として監視社会が出来上がっていきます。

酒を飲みたければ居酒屋チェーンみたいなところに行き、お金の無い者は「部屋に閉じこもる」しかないと言ったことになるでしょう。こうした状況は各個人の孤立化を招くだけだと思います。

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