実際は複数の異なった社会が並立している

community

一般に「社会」と言った場合、世の中全体を漠然と表すことが多いように思います。

しかし、社会と言っても実際は様々なレベルがあり、大きな範囲では地球全体や国際社会になり、小さな範囲では共通の趣味を持つ人のグループや家族も社会と呼ぶことがあります。
ここで家族と書いたので、違和感を持つ方もいると思いますが、ネットを使って「家族社会学」で検索すれば、学問のジャンルとして確立され、学会があることが分かります。

小さな範囲の社会があることは、藤子不二雄の『ドラえもん』を例にすれば分かりやすいです。
主人公の「のび太」にとって、ジャイアンやスネ夫やしずかちゃんなど、子どもたちの関係性が社会そのものであり、それが世界になっています。
例えば、ジャイアンのリサイタルは「のび太」たちにとっては大事件です。しかし、先生にとってはガキ大将がやんちゃしている一環だろうし、「のび太」のお父さんにとっては関係が薄い筈です。

この『ドラえもん』の例のように人は小さなコミュニティを作り、その中に独自の文化を作るようになります。

例えば、漫画同人誌の社会の場合、同好の志を募り、サークルを作って、同人誌を発行し、コミケなどの展示即売会に出店することを目標としていることが多いと思います。この中でも様々な人間模様や独特な文化・風習を見ることができます。このあたりは漫画の『げんしけん』(木尾士目著,2002年〜,講談社)が分かりやすいです。

ここで注意しなければいけないのは、人は自分の周囲を「世界の全て」と思う習性がある点です。そして、しばしば、他の社会についての想像力が働かなくなります。

私がある場所で「世の中で差別されている職業は何か」の質問に対して、ややジョークを交えて「自宅警備員」と言いました。その場にいた人は真面目な顔で「私は警備員だがその職業に関心がある」と言いました。「自宅警備員」とはニートを指すネット上の俗語だと知らなかったようです。
私はそうなることを予測していて、話題がニート問題に向かうように誘導していたのですが。

このように、広く通じると思われる言葉が、実は狭い範囲でしか通用しないことはよくあります。

ある種類の高齢者にとって年金は重要な問題です。しかし、高齢者の中には年金が貰えない人がいます。そして、若い人にとってはそもそも関係ないし、年金を払っても将来受け取る可能性が低いとの予測もあります。最底辺の若者から見れば、大企業や公務員の上層にいる人たちが高額の年金を貰っているのをを見ると反発を感じることも多いでしょう。

ある人にとっては重要な問題であっても、それとは全く異なった立場からは反発の材料になることもあります。だから、異なった立場を理解した上で「含んで超える」ような発言をすることが必要だと思います。

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